僕のプロレス・ノート 第二回 ifの話 猪木と前田 編

僕のプロレス・ノート
第2回 ifの話 猪木と前田編 ①
 
昨年、『1984年のUWF』が、発売されました。
そのセンセーショナルな内容に、ファンだけではなく、当時の関係者も巻き込み、論争が繰り返されました。
そして、その内容に関して、『証言 UWF 最後の真実』『前田日明が語るUWF全史 上下巻』など、別視点から書かれた書籍も立て続けに発売され、UWFの『真実』の行方は、ますます混乱の極みを迎えてしまったのではないか、と思われます。

しかしながら、UWFに限らず、プロレスというジャンルに限らず、どんな揉め事に関しても、片方だけが一方的に悪いということがあるはずもなく。
双方、立ち位置を替えてみれば、だれもが少しずつ悪く、だれもが少しずつ正しい、その少しずつの積み重ねが、団体分裂、解散を招いていたのではないでしょうか?
高田延彦の『泣き虫』しかり、船木誠勝の『真実』しかり、安生洋二の『200%の真実』しかり、当人でなくてはわからない苦悩があり、そして、それを労わりあう、そんな人間関係を、最後まで構築できなかった人の集まりがUWFだったのではないか?
そう思えてなりません。

と、まあ、僕の勝手な妄想は、置いといて。

よく言われるのは、猪木が本当の後継者に据えたかったのは、藤波、長州ではなく、前田ではなかったのか、と、言うことです。
そのファイトスタイルを見れば一目瞭然で、
抜群のテクニックを持ちながら、ジュニア上がりの体格が災いし、返し技や丸め込みなどでしか、超ヘビー級に対抗できない藤波。
 地力はあるが、試合運びに難があり、これまた、体格的にも説得力がない長州。
 それに比べ、190センチを超える長身で、キック、関節技、スープレックスを軸にした格闘色の強い戦い方、ガチンコにも対応できる『最強』の匂いをぷんぷんさせる危険なレスラー、前田。
 猪木の好みから言ったら、これ以上の適任が果たしていたでしょうか?

 現に、猪木は、ジャパン勢が新日本にUターンする前に、新日本の取締役をやらないか?と、打診したそうです。
 尖りに尖っていたころの前田ですから、これをあっさり却下し、その後、長州の顔面を蹴り飛ばしたことが災いになり、再び、猪木とたもとを保つことになるわけです。
 
 あくまでも、私のifの話ですが、前田が猪木の提案を飲み、新日本の役員となっていたなら、どんな団体になっていたのか、それを想像しただけで、わくわくするのです。

 新日本の中に、UWFが存在し続ける世界。
 猪木と前田が、プロレスの理想のために、手を組み、大活躍した世界…。
 
 想像しただけで、わくわくしませんか?

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