僕のプロレス・ノート 第二回 ifの話 猪木と前田編 後編

僕のプロレス・ノート
第2回 ifの話 猪木と前田編 ②

 ある日、どこかの料亭で。
「なぁ、アキラ。お前、どうする?」
 イノキは、マエダのグラスに、ビールを注ぎ込んだ。
 白い泡が、溢れそうになるが、マエダは、そのグラスを取ろうとはしない。
 不機嫌さを隠そうともせず、イノキの顔をにらみつける。
「イノキさん、プロレス道って、なんなんすか?イノキさんだって、ラッシャーさん、ぶちのめしたり、グレート・アントニオ、フルボッコにしたじゃないですか。今回の件だって、たまたま、チョウシュウさん、俺のキック受け損なったから…、」
 あの6人タッグで起きた『事故』のせいで、マエダは、シンニホンプロレスから6か月の謹慎処分を言い渡された。
 その事件の会見の席で、イノキは、マエダの行動を、『プロレス道にも劣る行為』と非難したのだ。
 その言葉を発した当人が、目の前にいるのだ。
 マエダの心中は察するに余りある。
 しかし、イノキは右手をすっと挙げ、マエダの言葉を遮った。
「起きたことは、仕方ない。これからを、どうするか、って聞いてるんだ」
「サカグチさんからは、メキシコ行って頭冷やせって、言われてますが、そんなのできるわけがないですよ」
「だよなぁ…」
「契約は、来年の二月で切れますから、シンニチから出ていきます」
「で、どうすんだよ?」
「そこまでは考えてませんが、ゴッチさんのところにでも行って、しばらくのんびりしますよ」
「あの親父のところで、のんびりなんかできるかよ」
 そこで、初めて、マエダがビールをあおった。
 本当は、マエダも己の進む道を歩き出したいのだ。
 しかし、第一次UWFの分裂、倒産を防ぐことができなかったマエダには、その負い目があり、一歩を踏み出せずにいた。
「アキラ、UWF、やらないか?」
 そんなマエダの迷いを、見透かしたかのように、イノキが言葉を投げつける。
「は?」
 前田が、コップを持ったまま、絶句する。
「俺とUWF、やらないか?」
「なにいってんすか?」
 呆気にとられるマエダだが、過去を思い起こせば、到底、受け入れられる話ではなかった。
「まぁ、聞け。毒を食らわば皿まで。皿まで食らう度量があるか?」
 サカグチを社長に据え、チョウシュウ、フジナミに、プロレスを任せようと思っていたこと。
 かねてから、イノキの構想にあった格闘技によるネットワークの設立。
それに賛同するスポンサーの確保と衛星中継による世界発信の土壌の確立にめどがついたこと。
UWFの存在で、マエダをはじめとするリアル・ファイトに対応できる『プロレスラー』を育てる環境ができつつあること。 
こういった要因を、一つ一つ懇切丁寧に解説していった。
夜の帳は、何もかも隠していく。


1988年5月。
新生UWFが、旗揚げした。
会場は日本武道館。
大手メガネ販売店をスポンサーに付けた旗揚げ戦は、わずか3試合。
オープニング・マッチは、ヤマザキカズオ 対 クリス・ドールマン。
セミファイナルは、フジワラヨシアキ 対 タカダノブヒコ。
メインイベントは、アントニオイノキ 対 
マエダアキラ。
ルールは、全て、KO、ギブアップのみの完全決着戦。

伝説が、始まった…。

という、夢を見た!

この記事へのコメント

  • 信天翁

    相変わらずダイエット・マシーンさんは表現が文学的で素敵ですね。

    本当の意味で「強さ」を前面に出したプロレス。
    「格闘技」としてのプロレス。
    強いんだけど、どこまでもプロレス。

    ちょっと見てみたい気もします。
    2018年05月06日 23:32