僕のプロレス・ノート 第三回 天馬のはばたきは、かたられることなく…… 後編

タッグリーグで、実績を残したペガサスは、ライガーの好敵手として、次々と名勝負を展開していく。
その動きは、まさに、ダイナマイト・キッドに勝るとも劣らないジュニア離れしたものだった。

新日本での活躍ぶりは、ウィキペディア辺りを参考に。

その後、ECW、WCWと戦場を変え、キャリアアップしていく。
日本で知り合ったライバル、ディーン・マレンコやエディ・ゲレロ、クリス・ジェリコ相手に、日本流のファイトを展開。
ジュニアの枠を越え、堂々、ヘビー級と渡り合う。

WCWでは、フレアー一派のフォー・ホースメンのメンバーに大抜擢。
連日、トップクラスで試合をしていた。
提携を結んでいた新日本に、寄り道したとき、ライガー、サムライ、保永とジュニア・フォー・ホースメンを結成し、金本、大谷、高岩達とのジュニア版世代闘争に巻き込まれそうになったが、彼にしてみれば、今さら、ジュニアの枠に組み込まれたことが不満だったらしく、さっさと撤退してしまった。

その後、WCWの世界ヘビー級タイトル奪取、WWE移籍、レッスルマニアでのヘビー級タイトル奪取と、世界のプロレス史に名前を刻むのは、確実だったのだが……。

不可解な無理心中で、急に旅立ってしまった彼は、犯罪者として、名前を残すことになってしまった。
その影響で、プロレスの歴史を管理しているWWEのライブラリ、コンテンツから、彼の名前は削除され、彼の紡いできた歴史は、闇に葬られてしまった。

個人のコレクションを集めまくり、彼のベスト・ファイトを編集しようか、とも、考えたこともあったが、色々、限界があったので、できる範囲でしかやらないが、彼のファイトこそ、未来永劫、受け継がれなくてはならないものだ。
WWEが映像を解禁する確率なんて、河童小僧のベストセレクションが出る確率より低いんだが、それでも、いつか、そのうち、もしかしたら、陽の目があたる日がくるんじゃないか…。

そう、願わざるを得ない。
クリス・ベノワの試合を観た人、すべての願いだと思う。

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