第16回 獣神サンダー・ライガーの思い出 その弐

90年代前半、長州&ライガー&飯塚組の入場で、パワーホールじゃなく、怒りの獣神で、三人が入場してきたのを、テレビで見た時、新日本の変化を感じたものでした。
入場曲の効果、効能に(医薬品かよ)、会場を盛り上げる効果が、あります。
イノキ・ボンバイエやパワーホール、スパルタンX、爆勝宣言みたいに、曲が流れた瞬間に、爆発したように、選手へのコールが沸き上がる。
これとは別パターンなのが、ライガーとゴディ&ウィリアムス。
入場曲がかかると、歌う!

もやせ!もやせ!いかりをもやーせーぇ❗

なかなか、気持ちがいいもんでした。

初代タイガーマスクは、ライバルのすべてをなぎ倒し、ほぼ無敗のまま、勝ち続けることにより、不動の人気を築き上げました。
これに対し、ライガーは、負けることにより、ジュニア全体の人気の底上げに努めた、僕はそう思います。
凱旋帰国してきたAKIRAに負け、ウルティモ・ドラゴンに負け、サスケに負け、保永に負け…。
これだけ負けているのですが、負けたからといって、ライガーの価値は下がっているか?いや、むしろ、上がり続けていきました。
ライガーに勝った相手は、その実績を元にステータスアップ。
そして、ライガーはその相手をさらに叩き潰し、また、ステータスアップ。
対戦する相手が、軒並みレベルアップするもんだから、新日ジュニアのレベルが、一時期、とんでもないところまで、行ってしまいました。
この頃のジュニアリーグの参加者ですが、クリス・ベノワ、エディ・ゲレロ、ディーン・マレンコ、フライング・スコーピオン、デーブ・フィンレーと、後に、ECW、WCW、WWEのチャンピオンとして、君臨する実力者ばかり。
クリス・ジェリコも、その一人ですね。
このシリーズに参加した外人は、後々、ネットワークを作り、お互いのコネを利用し、自分が上がっている団体に、ブッキングをしていたようです。
ライガーはライガーで、新日本がWCWと業務提携を結ぶと、頻繁にアメリカに呼ばれるようになりました。
マンデー・ナイトロの第一回目のオープニングマッチに、ライガー対フライング・ピルマンが、ラインナップされたのは、かなり期待されていた証拠だと思います。
PPV、スターケードだったと思いますが、ライガーの試合中、『ジューシン!ジューシン!』と、日本式のコールが沸き上がりました。
ビル・ワットが、仕切っていたWCWマットは、昔ながらのNWAルールが採用されていたので、トップロープからの攻撃は反則になるので、WCWでのライガーのフィニッシュ・ホールドは、ロープ二段目からのムーンサルト・プレスでしたね。
国内でも、スカイダイビングJ、スーパーJカップを成功させ、八冠王座統一トーナメントを実現させるなど、プロデューサー的にも大活躍でした。

そんなライガーに、どうしても、越えられない壁が…。

(あと一回で、終わるかしら?)

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