第20回 殺人医師 スティーブ・ウィリアムスの思い出 其の参

全日本プロレスで、三冠チャンピオンに登り詰めたウィリアムス。
ジョニー・エース、ゲーリー・オブライト、ベイダーとのコンビで、タッグチャピオンにもなりました。

しかし、馬場さんが亡くなると、全日本プロレスの風景は、全く別なものになりました。
ウィリアムス自身は、いつまでもそこにいたかったのですが、経営不振に悩む全日本プロレスには、ウィリアムスへの経費があまりにも大きすぎました。

ウィリアムスは、戦いの場をIWAジャパンに移しました。
そこは、古き良きアメリカン・プロレスの世界。
ウィリアムス自身も、マイク・ロトンドやキマラ、ジム・ドゥガンと言った『旧友』のブッキングに協力したそうです。
ウィリアムスもIWAジャパンのリングが水にあったのでしょうか、伸び伸びとプロレスを楽しんでいるようでした。



そんなウィリアムスに、異種格闘技戦のオファーが届きます。
K1ファイターのピーター・アーツとの一戦です。
谷川プロデュース、プロレスを踏み台にして、K1いいとこ取り作戦の一環デスね(個人的偏見)。

ウィリアムスの凄かったところは、K1の試合が、普通にIWAジャパンのシリーズの最中に組まれ、K1の試合後も、プロレスの試合に出場していたことです。

~IWA JAPAN 2004年「エキサイティング・シリーズ」~

3月12日 大阪府・大阪デルフィンアリーナ 
3月13日 岐阜県・岐阜商工会議所大ホール
3月14日 【K-1BEAST2004~新潟初上陸~朱鷺メッセ 新潟コンベンションセンター】
3月15日 千葉県・千葉ポートアリーナ
3月16日 東京都・八王子市民会館  
3月17日 東京都・後楽園ホール

いや、おかしいだろ、このスケジュール…。
しかも、異種格闘技戦の前後が、タイトルマッチ…とか、あり得ないんですが…。
さらに、ウィリアムスを襲う悲劇。

『ガン発覚』

試合の数日前に、医者から告知された、と、週刊誌のインタビューに書いていました。
どんな精神状況で、トレーニングしていたんでしょう…。
こうなると、対戦相手の変更なんか、ウィリアムスに取っては、些細なことだったのかもしれません…。

異種格闘技戦の結果は、敗戦に終わりました。
しかし、翌日、IWAタッグ選手権には勝利。
結局、欠場せず、シリーズを完走…。
これが、プロレスラーなんだな、と、実感した次第です。

ガンを克服したウィリアムスは、20キロも痩せてしまいました。
それでも、インディー団体に上がり、プロレスから離れることはなかったそうです。
IWAで、引退記念試合を企画するも、ガンが再発。
そして、時を置かずして、急逝…。
五十に手が届く前に、ウィリアムスは、お亡くなりになられました。

プロレスラーのもつ強さを、体現してくれた最後のレスラーだったように、思います。
入場テーマがかかった途端、会場が一体となり、咆哮にも似た歓声が沸き上がる。
ノー・ギミックで、レスラーのすごさ、怖さをリング上で表してくれたウィリアムス。
次世代に語り継ぎたいレスラーの一人です。




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